俺の友人(広島出身)は子供の頃、どこにでもやってくる「回送」を「少なくとも西日本最大の都市だと思っていた」らしいぞ。
- コピペ運動会 - No.13381 無題 名前:名無しの画像料理人◆a… (via konishiroku) (via monoprixgourmet) (via ssbt) (via otsune) (via firebrick) (via poochin) (via petapeta)
健康診断で血圧担当がすごく美人だったので興奮して1回目の測定が上150になり「高いですね〜もう一回測りますね」と伸ばした手首にためらい傷みたいなのが見えて一気に110まで下がり「念のためもう一回」とバンド締め直してるときにおっぱいにちょっと手があたって170超えて今先生呼ばれてる
- No.32825 血圧測定 - コピペ運動会 (via alexsakura)
(Source: ag107)
今日でこのブログを開始して丸3年を迎えました。妹の一周忌に彼女が好きだった「馬鹿馬鹿しくて無意味なもの」を何か作ってみようと思いつき、その翌日2005年8月5日から記録を始めたのが、このブログを作ったきっかけです。
705 名前: 忍法帖【Lv=24,xxxPT】 [sage] 投稿日:2012/05/23(水) 18:02:25.53 ID:1typvaSd
昔、電車で隣のやつがiPadで2chに「ウーロン茶吹いたwwwwww」て書き込んでた
無表情で
- 電車で隣のやつがiPadで2chに「ウーロン茶吹いたwwwwww」て書き込んでた:ぁゃιぃ(*゚ー゚)NEWS 2nd (via yasujimorita)
ラッコは自分の石を他のラッコに自慢する事がある
そして海中かなんかに落として石をなくすと本気でヘコむ、
元気なくなってエサを食わなくなって
代わりの石を与えても受け取らない
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【雑学】生き物のトリビアを置いていけ:哲学ニュースnwk (via hsgn)
すげえめんどくせえなラッコw
(via mnky)
かわいい
(via mimioui)
312: 本当にあった怖い名無し:2012/05/04(金) 23:45:47.51 ID:p12prPkN0
俺の妹は、少し変だった。笑っている人が嫌いだった。
人が笑うと泣き、怒ると泣き、それ以外では絶対に泣かなかった。
テレビも見ないし、友達も居なかった。ただただ表情を殺していた。
妹が小学五年生の時、何で笑っているのが嫌いか聞いてみた。
そしたら、「皆が笑ってるから」とか言って来た。
何か不安になり、もともと何度か行っているが、精神病院に連れて行った。
313: 本当にあった怖い名無し:2012/05/04(金) 23:47:53.70 ID:p12prPkN0
そしたら、先生にとんでもない事を言われた。
「妹さんは、笑うという行為を、怒るという行為と混同しています。」
「だから人が笑うと、自分が怒られていると錯覚しているようです。」と
何か、先生にも、妹にも、どんな顔すればいいのか解らなかった。
その後妹に、笑うとは、嬉しい事だよーと再教育した(嬉しいは解るらしい)。
314: 本当にあった怖い名無し:2012/05/04(金) 23:50:04.23 ID:p12prPkN0
あれから数年。妹にも友達はでき、顔には笑顔が満ている。よかったよかった。
でも何でそんな勘違いしたんだろうか。と、妹に聞いてみた。
そしたら、「幼稚園の先生が、失敗をする度に狂ったみたいに笑ったから」って
…うん、俺が幼稚園児で、失敗した時、先生がそんなだったらトラウマになるね…
これ怖い話だろうか…少なくとも俺は笑う先生が夢にでてきて怖いよ…
- No.33103 笑顔が嫌い - コピペ運動会 (via mcsgsym)
51 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2006/05/26(金) 20:58:52 ID:KQFLOVR2
小1の秋に母親が男作って家を出ていき、俺は親父の飯で育てられた。
当時は親父の下手くそな料理が嫌でたまらず、また母親が突然いなくなった
寂しさもあいまって俺は飯のたびに癇癪おこして大泣きしたりわめいたり、
ひどい時には焦げた卵焼きを親父に向けて投げつけたりなんてこともあった。
翌年、小2の春にあった遠足の弁当もやっぱり親父の手作り。
俺は嫌でたまらず、一口も食べずに友達にちょっとずつわけてもらったおかずと
持っていったお菓子のみで腹を満たした。弁当の中身は道に捨ててしまった。
家に帰って空の弁当箱を親父に渡すと、親父は俺が全部食べたんだと思い
涙目になりながら俺の頭をぐりぐりと撫で、「全部食ったか、えらいな!ありがとうなあ!」と本当に嬉しそうな声と顔で言った。俺は本当のことなんてもちろん言えなかった。
でもその後の家庭訪問の時に、担任の先生が俺が遠足で弁当を捨てていたことを親父に言ったわけ。
親父は相当なショックを受けてて、でも先生が帰った後も俺に対して怒鳴ったりはせずにただ項垂れていた。
さすがに罪悪感を覚えた俺は気まずさもあってその夜、早々に布団にもぐりこんだ。
でもなかなか眠れず、やっぱり親父に謝ろうと思い親父のところに戻ろうとした。
流しのところの電気がついてたので皿でも洗ってんのかなと思って覗いたら、
親父が読みすぎたせいかボロボロになった料理の本と遠足の時に持ってった弁当箱を見ながら泣いていた。
で、俺はその時ようやく、自分がとんでもないことをしたんだってことを自覚した。
でも初めて見る泣いてる親父の姿にびびってしまい、謝ろうにもなかなか踏み出せない。
結局俺はまた布団に戻って、そんで心の中で親父に何回も謝りながら泣いた。
翌朝、弁当のことや今までのことを謝った俺の頭を親父はまたぐりぐりと撫でてくれて、俺はそれ以来親父の作った飯を残すことは無くなった。
親父は去年死んだ。病院で息を引き取る間際、悲しいのと寂しいのとで頭が混乱しつつ涙と鼻水流しながら
「色々ありがとな、飯もありがとな、卵焼きありがとな、ほうれん草のアレとかすげえ美味かった」とか何とか言った俺に対し、
親父はもう声も出せない状態だったものの微かに笑いつつ頷いてくれた。
弁当のこととか色々、思い出すたび切なくて申し訳なくて泣きたくなる。
- 小1の秋に母親が男作って家を出ていき、俺は親父の飯で育てられた。 - カナ速mini (via alexsakura)
(Source: ag107)